練習日誌 2004〜2005年
団員による、ステージや練習の体験記です。
ご意見ご感想、共感できた文などありましたら遠慮なく掲示板へどうぞ。
・2005年10月
合唱コンクール関東大会と群馬県合唱祭の講評です。自分たちの演奏を振り返り、よりよい演奏を目指してまたがんばりましょう。
移川澄也先生
課題曲:明るい音色、構成感ある。ふざけるの「る」Ru(管理人註:uウムラウト)になっている。曲の構成感自然でよい。
自由曲:曲の構成造形感高い。2曲目もっと躍動感欲しい。
小畑恒夫先生
響きを作ることを大切に練習してこられたと思います。とりわけ課題曲ではそれが成果として表れていました。その反面、歌によって何を伝えたいかもう少し明確なメッセージが欲しいと思います。
自由曲では気持ちの自由さが出ればさらに良くなるでしょう。
今井邦男先生
課題曲:素晴らしい音楽性にあふれた○○(管理人註:読めませんでした‥)を作りあげていました。
自由曲:こちらも美しい流れでしたが、1曲目このような構成の和音では、女声男声の音量のバランスがマイナスになりますね。2曲目ではその点OKでした。
皆川達夫先生
朝早くて大変だったと思います。音楽やや消極的でした。自由曲で多少良くなりました。ppでもいささか安全運転の気味があります。fになると声が乱れるのが残念。
長谷川冴子先生(審査委員長)
大変素晴らしい課題曲の演奏。時折女声(ソプラノ)ウがつぶれます。言葉とリズムの絡みでつい口の中が狭くなるのでしょう。2,3カ所でしたが、整った演奏だからこそ目立ち、気になります。
自由曲はよく楽譜は押さえられていますが、なぜか生々にならないですね。気分と共に、旋法が体感できていないのでは。ビン形ゾメの色合いも望まれました。
松村努先生
第一声から非常にレヴェルの高い合唱団であることを感じさせました。
技術的に簡単でないハーモニーを無理なくバランスよく響かせているのには感心いたしました。音楽的な流れも自然でとても心地のよいものでした。
2曲目でのコントラストも見事です。1曲目とは別のサウンドを出すことに成功しています。強い声を使った時も音程、音量のバランスを保ち、緊張感のあるサウンドを出しています。すばらしいステージでした。
清水雅彦先生
お力を持った方達が揃っていますね。もちろんその域に導く先生のお力も凄いと思います。
ここまでくると欲も出ます。アンサンブルの中心が先生になってしまっていることが残念。指揮者は最終的には調整と最後の引き締め、+αであって、それぞれが今の役割と方向性を保ちつつバランスをとれたらいいですね。←一曲目。
皆さんに欲しいのは開放感、伸びやかさと感じます。
とお話ししましたが、ここまで仕上げることは凄いこと、まずは拍手。素晴らしい先生とお仲間ですね。ですから、大きな期待を寄せています。ご活躍下さい。
関連項目:演奏会の記録(平成17年度全日本合唱コンクール、第49回群馬県合唱祭)
・2005年5月 バスでーす(Bass)
4月から、勤務先が変わりました。
家から遠くなりました。身分も変わりました。
ちなみに今回で6回目の退職になったので(形式的なので退職金などはもちろん出ません。)、今回は「独立行政法人職員」という今までにない肩書きになりました。悲しいお話ですが、給料も減りました。
仕事は、ずいぶんと忙しくなりました。当然帰りも遅くなりました。特に火曜日の練習の出席は厳しいです。
それでも、何とか都合をつけて練習に参加しようというのは、定期演奏会が近いからという理由もありますが、なんといっても仕事のことを忘れて歌うことに没頭できる時間が実に貴重だからです。人にはそうした時間が必要なのをしみじみ実感しています。そして、音楽には人の心を確実に癒す効果があるのも実感しています。
今度の勤め先の子供たちは実におおらかなのびのびした声で歌います。
いろいろ課題もありますが、この歌声だけは結構胸を張って自慢できます。歌うことが好きな子も多いようです。
先日「先生の趣味の一つは歌うことです。」といったらさっそく、聞きたいと言って来た子もいました。定期演奏会のチラシをあげて、「おうちの人につれてきてもらいなさい。」といったら、「うん」とうなずいていました。
勤め先では、話す機会も結構あるのですが、自分では普通にしゃべっているつもりでも「以前と比べて随分声が低くなりましたね。」といわれることが何度かありました。バスパートの住人としては何となくそういわれるとうれしくなってしまいます。
もうすぐ5月、定期演奏会までの練習回数も残りわずかになってきました。
いつものことながら「間に合うのかな。」と思いつつ、これからも練習にはできるだけ出席しようと思うこのごろです。
つれづれなるままの、近況報告でした。
・2005年4月 dazu(Bass)
次回定演の第1部はモンテヴェルディ。そこでモンテヴェルディについて少しだけ。
◎クレモナ時代
クラウディオ・モンテヴェルディは1567年、ヴァイオリンの製造で名高い北イタリアのクレモナで、医者の息子として生まれました。
クレモナ大聖堂の少年聖歌隊員だった彼は楽才を認められ、楽長のもとで音楽教育を受け、15歳で最初の作品「3声の聖歌曲集」を出版し、生涯取り組むことになる「マドリガル集」の第1巻を20歳で出版しています。
◎マントヴァ時代
23歳の頃、モンテヴェルディは北イタリアで強大な権力を持っていたゴンザーガ家のヴィンチェンツォ・ゴンザーガに雇われ、マントヴァに移りました。
ゴンザーガ家はその繁栄により大勢の音楽家を抱えており、最初は弦楽器奏者として、後には歌手の肩書きで雇われた若きモンテヴェルディは、たくさんの同僚と影響を与えあいながら実力を高め、新しい音楽理論について関心を寄せつつ、出世の道を歩んでいきます。
32歳で同僚の宮廷歌手と結婚したモンテヴェルディは、34歳で音楽を司る宮廷楽長に任命されます。
革新的な楽派の旗手と目されていたモンテヴェルディは、保守派の音楽家などから中傷をうけましたが、作曲したマドリガル曲集は好調な売れ行きを見せ、40歳の頃作曲したオペラ草創期の傑作「オルフェオ」では圧倒的な成功を収めました。
| ◎ヴェネツィア時代 モンテヴェルディが45歳の頃、雇い主ヴィンチェンツォが亡くなると、その後継者フランチェスコによって大勢の同僚とともに解雇されてしまいました。 故郷のクレモナに戻った翌年、当時の世界有数の都市ヴェネツィアで、聖マルコ教会楽長職が空席になりました。既に名声を得ていたモンテヴェルディはその後任の最有力候補にあげられ、順当にその職に任命されました。 教会の多くの祭典に使用される音楽を全て作曲し、イタリア屈指の規模を持つ音楽隊の楽長をする激務の代わりに多額の報酬が支給され、後に終生雇用の保証を得て、生涯現役を貫きました。 70歳の頃にヴェネツィア初のオペラ劇場が開設されると、マントヴァ時代以来のオペラ作曲に意欲を燃やしました。 代表作の一つ「ポッペアの戴冠」は、神話でなく史実を題材にした最初のオペラとされ、モンテヴェルディ75歳にしてなお進歩的で優れた作曲家であることを証明しています。 その後、長期旅行の許可を得て、故郷クレモナや前任地マントヴァを訪れ、ヴェネツィアに戻ってすぐに76歳で永眠しました。 |
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◎作風とその変遷
モンテヴェルディはオペラ・マドリガル・宗教音楽など、主に声楽の分野で多くの傑作を残し、その後の音楽に多大な影響を与えました。
ルネサンス音楽の伝統的なポリフォニー技法を踏襲していたモンテヴェルディは、歌詞の感情を音楽で表現する可能性を見いだし、従来の様式から離れ、次第に劇的な表現を求めていきます。
モンテヴェルディは作曲する上で、従来の多声音楽を「第1作法」、新様式の音楽を「第2作法」と呼んで、様式の区別を行いました。
そして、第2の作法では表現力を重視し、均整が求められるルネサンス様式から脱却してゆきました。
この新様式からバロック期の音楽が生まれていったとしても過言ではありません。
古典派におけるハイドン、ロマン派におけるベートーヴェンなどと同様に、モンテベルディはバロックという新時代の黎明期に現れ、その試行錯誤が新たな時代を導いていった偉大な音楽家のひとりなのです。
◎「アリアンナの嘆き」
声楽の入門曲集として知られる「イタリア古典歌曲集」に冒頭部「私を死なせてください」が取りあげられていることでも有名です。
作曲されたのはマントヴァ時代です。
モンテヴェルディ40歳のとき、妻のクラウディアが病気にかかり、故郷の父の治療も甲斐無く他界してしまいました。
妻の死で虚脱状態に陥ったモンテヴェルディはマントヴァに帰る気力を無くしてしまいますが、マントヴァ公長男の結婚式のためのオペラを上演するよう催促され、翌年作曲したのが「アリアンナ」です。
オペラ「アリアンナ」はアリア「アリアンナの嘆き」を除いて消失してしまっているので、全体を窺い知ることはできないのですが、結婚式の祝典のためとは思えないほど悲痛な表現を持つ「アリアンナの嘆き」には、妻を失ったモンテヴェルディの悲しみが込められているのかもしれません。
関連項目:演奏会の記録(第12回定期演奏会)
・2005年3月 dazu(Bass)
| 3月13日、安中市少年少女合唱団の第10回定期演奏会に助演しました。 安中市少年少女合唱団とは、コルス・フローレスの第9回定期演奏会以来、2度目の共演。そのときは「夕焼け小焼け」一曲だけだった三善晃編曲「唱歌の四季」を、全曲取り組みました。 第9回定演で一緒に歌った際、大人と子供の声のミックスがとても好評で、その頃から「いつか全曲やりたい」と温められていた企画でした。 音楽監督はじめ、安中市少年少女合唱団指導者と関係を持つコルス団員も多く、それから4年で実現の運びとなりました。 |
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コルス・フローレスが助演するのは5部構成の第5部。そこまでは安中市少年少女合唱団の単独ステージを楽しませて頂けました。 安中市少年少女合唱団は小学校4年生を境に、未満がジュニア、以上がシニアに別れます。 一生懸命さが可愛らしいジュニア、しっかりしたハーモニーを見せるシニア、全員合同の合唱もいいものです。 いい刺激を受けてそのまま一緒に歌えればいいのですが、リハーサルではすぐにそうもいかずに。 大人のほうがフレーズ感や表現力があるのですが、ありすぎて子供のリズム感やテンポ感についていけず、やはり子供と大人では同じ曲でも感受・表現ともに異なるようでした。 「夕焼け小焼け」は前回同様良いのですが、個人的に楽しかったのが「雪」ですね。 「雪が嫌になったら大人になった証拠」とは指揮者のリハーサルでの言葉ですが、まさしくそうで、「ゆーきやこんこ♪」はやはり無邪気な子供の声が混ざるほうが楽しいなと思わされました。 次にこの「唱歌の四季」を歌うのは、コルス・フローレスの第11回定期演奏会。逆に助演してもらってもう一度演奏します。 そのときはいよいよ2台ピアノでしょうか?三善晃さんの華麗なる装飾が展開します。 今回聴かれた方も、初めての方も、乞うご期待です。 |
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関連項目:演奏会の記録(安中市少年少女合唱団第10回定期演奏会)
・2005年2月 hoko(Sop)
妙義小学校訪問
| 11ヶ月ぶりの練習日誌更新です。もっと早く書ければよかったのに、申し訳ありません。(私からもすみません:管理人) 妙義小学校長でいらっしゃる「Bassでーす」さんからお話をいただき、11月10日に合唱の体験活動、11月27日にコルス・フローレスコンサートを妙義小学校でさせていただきました。 文部科学省指定「豊かな体験推進事業(長期宿泊体験の実施)」により11月8日から12日まで妙義少年自然の家に宿泊している3〜6年生のうち、合唱グループを選択した21人と一緒に、歌うことやハーモニーさせることの楽しさを味わいました。 コルスメンバーからはソプラノ2名、アルト1名、テナー1名、バス2名で参加。 最若の私がなぜかリーダーで、円滑に活動を進める役だったのですが、予期していないハプニングが次々と起こり、事前に考えていた計画は崩さなければなりません。 柔軟な対応をする技術を持ち合わせていない私は、他のメンバー(ほとんどが学校の音楽の先生)に頼り切りでした。 |
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コルス側メンバーが全員揃っていない中、あわててスタート。
歌を歌うには体がほぐれていたいので、まずは軽く体操です。歌に合わせてのリズム体操で大盛り上がりしました。
顔も体も温まったところで、児童の皆さんに今回のテーマ曲である、この季節にぴったりの童謡「紅葉」を披露してもらった後、息をしっかり吸う、遠くを見るなどきれいな声を出すための練習をしました。
元気まかせの子、ちょっと不安そうな子たちの声がきれいでのびのびとしてきました。
次に私たちの模範演奏。ここで衝撃の大失態となってしまいました。
合唱のパートの仕組みを説明した後、テーマ曲「紅葉」を美しく歌うはずでした。しかし三善晃編曲の伴奏の華麗さ、転調の面白さに練習無しの即席メンバーはついていけず、こともあろうか崩壊、やり直し不能となってしまったのです。
気を取り直すしかなかった「涙そうそう」と「世界に一つだけの花」は調子よく歌え、この曲は子どもたちも大好きらしく、聴き入ってもらえました。打ち合わせと準備が足りなかったことを大反省…。
今度はみんなも合唱にチャレンジしよう!ということで、子どもたちに3つに分かれてもらいパート練習をしました。
自分のパートが歌えるようになったところで合唱。そんなにすぐに合唱として形になるのか心配したけれど、みんなしっかりと歌ってくれました。
お互いのパートを聴き合ったり、全体の中の自分のパートを味わったりしながら合唱する楽しさを感じるスタート地点に立ててもらえたかな?
最後に全員で「世界に一つだけの花」を振り付きで大合唱して活動を終えました。
充実したときを過ごしてもらえたのだろうか…と不安でしたが、感想発表で「楽しかった」「きれいだった」といった声を多く聞くことができ、私の方が児童の皆さんに感謝の気持ちでいっぱいでした。
さて帰る準備と思ったら、目の前に子どもたちの行列が。しおりにサインがほしいそうです。
「え?かっこよく書けないよ?」などと言いながら「あら?私ってばなんか人気者?」と思っていましたが、後でBassでーすさんからのお話で「サイン付きしおりが教室に置き忘れられていた」とのことでした。
11月27日の妙義小学校コンサートは、コルスみんなで出かけました。
音楽室から見える妙義山の絶景にまず感動しました。「紅葉」の音楽が目で見て肌で感じられる、素晴らしいところで子どもたちは生活を送っているのだなと思いました。
その日は午前中学習発表会だったそうで、保護者の皆さんも一緒にコンサートを聴いてくださいました。
本番で歌った「紅葉」では宿泊体験合唱グループの皆さんが1番を歌い、2番から私たちも混ざって合唱しました。子どもたちは全校生徒の前でしっかりと前を向き、誇らしそうに歌っています。
2週間前の体験学習のときより格段に美しくなっている子どもたちの歌声にびっくりし、日々の学習の大切さを感じました。
本物の合唱をほとんど聴いたことがないという児童の皆さんと合唱、歌うという世界を共有できたことをうれしく思います。
関連項目:演奏会の記録(妙義町立妙義小学校コンサート)
・2004年3月 バスでーす(Bass)
先日の練習の際に、織田先生から磯貝さんの急逝のお話を聞き、本当に驚いている次第です。
在りし日の人なつこそうなその笑顔を思い出しつつ、心よりご冥福をお祈りしております。
磯貝さんがコルスの登場したのは、5年ほど前のコルスの第7回定期演奏会の後だったと記憶しています。
ある日の練習の時、初めてお見えになったその日に、もうずっと団のメンバーであったようにバスパートの椅子に座っていらっしゃった姿を思い出します。
練習の終わりの自己紹介でかなり長い時間いろいろなお話をされたことを思い出される団員もいらっしゃるのではないでしょうか。
以来、持ち前の行動力を発揮されて、いろいろと活動されました。
時には、勇み足のようなこともあったけれど、きっと歌うことが大好きで、演奏会などを成功させようとご本人なりに努力された結果だったと思います。
病気になられて、体がご不自由になってからも、よく練習にはお見えであり、演奏会やコンクールなどにも積極的に参加されていました。
しかし、さすがに最近は動かれるのが大変そうなこともあり、練習の際も、席に座られることが増え、歌うというより聞き手に回っていられる時間が長くなってきたように思いますが、コルス・フローレスのメンバーであることは常にご自分の誇りになさっているようにお見受けしていました。
この、練習日誌の欄にも、定期演奏会の終わるたびにそのときのご自分のお気持ちなどを書かれて投稿されていました。
今回の訃報に接し、あらためてそれらを読み返してみますと、磯貝さんの本当の心があらためて理解できるような気がします。
きっと天国へ行かれた今も、「5月の定期演奏会には一緒に歌いにくるよ。」とニコニコしながら言っていらっしゃるのではないかと、そんな気がします。
どうか安らかにお休みくださいますように。
関連項目:練習日誌(2000年7月、2001年7月)
・2004年1月 dazu(Bass)
2002年の11月、ジョイントコンサートでご一緒した岡谷合唱団の若手メンバーが集まって結成したアンサンブルグループ、その演奏を聴いて刺激を受け、我々もやれないかと企画が立ち上がったのが「デリコル」です。
「デリ」はデリバリーだったりデリシャスだったり、そんな「コル」コーラスをしたいね、と名前まで企画立ち上げの日に決定。
翌月に忘年会やクリスマス会の余興で歌い、初披露をしたのでした。
母体コルスフローレスの紙面を拝借して、そんなデリコルの一年ちょっとをご紹介。
月日は開いて2003年6月、結婚式披露宴で2曲を歌う。
自分自身の結婚式に、仲間に祝って貰いつつ歌えるというのは幸せでした。
その次は夏が過ぎて秋、二件のお話をいただきました。
一つは磐戸中学校文化祭。校長先生直々のご依頼。
もう一つは教会で一緒のS君の結婚式二次会。
それまでの問題は、とにかく練習時間が少ないこと。社会人や学生それぞれ多忙。
集まればみんな熱心に、深夜までもやるのだけれど。
メンバーみんなが集まり、編成とアレンジが決まるまでが過程の八割以上という印象。
1〜2回の練習で何とか合わせる演奏では、どうしてもほころびが現れてしまう。
そこで折角お話をいただいた二件、しっかりした練習を目指しました。
純正調ハーモニーを目指しつつ、表現を考えたり、企画を練ったり。
一番楽しいのは練習している時ですね。
演奏はどちらも概ねご好評をいただけて、歌った方も気持ちのいい時間でした。
本番の録音はまだ、欠点ばかりが耳について聞きづらいものがあります。
自分たちの演奏だと余計に気になるものですが。
今年の目標は、定期的な練習。といいつつまた期間が空いていますが。
それから発表の機会を得ること。
企画は沢山あるのです。やりたい曲、ジャンル。
ポップス、ゴスペル、お洒落なハーモニーだけではなくクラシック系だってやりたいし、がっしりした合唱曲もいい。
あんな楽譜、こんな曲、自分で編曲したものエトセトラ・・。
いまのところ関わったメンバーは7人。小回りができて楽しめるアンサンブルにしたいですね。
ぜひ今後ともぼちぼち頑張りましょう。

全体練習です。甘楽幼稚園ホールにて。