練習日誌 2000年
団員による、ステージや練習の体験記です。
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・2000年12月 Bassでーす(Bass)

「はまる」楽しみ

 「出会う」楽しみもあるのですが、最近は「はまる」楽しみですね。
 「出会う」楽しみとは、「それまで自分の知らなかった音楽に触れる楽しみ」とでも説明できるんですが、「はまる」ほうは「いい〜…!♯♭♪」。という、えもいわれぬ「感覚」ですね。

 思い出してみると、最初はパレストリーナでしたかね。歌ってるうちに500年もむかしのものとは思えなくなりましたね。「アニュス・デイ」なんか、完璧にはまりましたね。こんなのを聞かされていると誰だって神様に親近感を持つなあと思いましたね(不謹慎なこと!)。

 今年は、ロッシーニでしたね。「ウイリアム・テル」や「セビリャの理髪師」しか知らなかったですけど、「オ・サルタリス」がだんだん快感になってきましたね(コンクールで「オペラ風身振り」をしそうになったですもん)。

 ここへきて、プーランクでしょうね。最初譜面を見たとき、「何をさせるんじゃ」と思いましたけど、音になってみると「さすがフランス。かなわへんね。」と実感しましたもんね。「いや、エーですわ(どこの言葉じゃ?)。」
 この合唱団に入っていると、毎年、間違いなく新しい出会いと「はまる」楽しさが味わえますからね。そこが魅力なんでしょうね。


特別号 2000年冬 ロシア人バリトン歌手ジバエードフ氏来る!


・2000年11月 中原拓三(Ten)

 私がコルスの仲間に入れていただいてからまだ2年にもなりませんが、この間でコンクール 関東大会出場2回、定演1回、合唱祭その他のステージなどなど…と大変な経験を一気にした様に思います。

 これらの練習の中で私が驚異に感じたのは、「音取りの早さ」でした。
 私が入団した時期は定演が終わり、先生も団員も乗っていた時期でもあったと思いますが「一回練習を休み、次に行った時は、知らない曲を合わせていた。」といった状況でした。
 しかも、臨時記号がいたるところにあり、旋律らしきものは非常に薄くまた、リズムもシンコペの連続で勘定が合わなくなり、よくこんな歌が歌えるものだと感心するとともに自分一人では絶対に歌えないと思いました。

 私たちの年代は、学校での音楽の授業はすべて、ト長調・ヘ長調・変ホ長調などと読み替えて階名で音を覚え(管理人註:移動ド唱法)、それから歌詞をつける。またリズムもシンコペなどはめったに出てきません。このような中で音楽を覚えたものだから、私の音取りは「階名で調に合わせて読み替えて…」でしか歌えないのです。

 ところが周りの人達は「すべて ハ調 読みで、♭(フラット)のある音符は半音下げて歌い♯(シャープ)は、半音あげて歌う」(管理人註:固定ド唱法)という歌い方をしています。これだから臨時記号がどこにあっても問題なく音が取れるはずだと納得するとともに、この様な中で団の足を引っ張らずについていけるのかとの思いが強くなりました。
 (以前に歌っていた合唱団ではこんな思いはしたこともなかったのですが…)

 でもいつまでも思い悩んでいても仕方がないので、これを逆にプラス思考に切り替え、「この歳になっても悩みながら歌える。また少しでも皆についていける様に練習する。さらにこのような環境にいることはとても幸せなことではないか。」と考えるようにしました。

 今までの練習は気が重くて仕方なかったのですが、それ以降はとても楽しくなりました。
 そして、若い人たちの艶と響きのある声のなかで歌えることに、練習後の帰りの車の中でたっぷりとした充実感を味わっております。


・2000年10月 まだまだ新人です(Alt)

 全日本合唱コンクールが開催された栃木県宇都宮市はこの辺りと比べると少し北のせいか、少し“冬”を感じさせるような肌寒い風が吹いていましたが、会場内は逆に熱気にあふれていました。

 私は行く迄は、バスにのってお菓子を食べながら、少し旅行気分でいてしまいましたが(^^;)
 会場につき、他の高レベルの演奏を聴くと少し緊張してしまいました。
 でも大事なことは、「私達の演奏を表現すること」なので、他と比べて心配することはないのですよね。
 でもとってもいい刺激を他の団体からも受けて、織田先生のエネルギーに満ち、時には緊張をほぐすたくみな指揮と、団員の皆の力でいい演奏ができたと思います。

 この演奏前の“緊張感”と演奏後の“充実感・達成感”はたまらないですね〜。
 こういう機会って仕事以外に何もしていなければあまり味わうことのできない経験ですよね。

 「たまたま気軽に始めたことで、こんな所に来るなんて…思いもしなかったな。おもしろいな〜」
 Nちゃんが当日会場に着いて、立派な建物を前にして言っていた通りです。

 合唱を通して、行ったことのない所へ行ったり、いろんな人達と会って刺激しあうのは楽しいですね。
 今後はまたどんな経験が出来るのかな〜。

 でもその前に大切なのは日頃の練習ですね。
 上手になればなるほど、いろいろな機会も増えて、いろんな経験ができて、団員の皆ともたくさんの思い出を共有できるのだろうな〜。
 楽しみながら、今後も頑張ろっと♪

関連項目:演奏会の記録(平成12年度全日本合唱コンクール


・2000年9月 毎日追いまくられている二児の母(Sop)

 「早く起きなさい。ラジオ体操に遅れるでしょう。」「朝のうちに勉強するの!」「ほらほら、暑いからってだらだらしない。」夏休みってほんとにイライラしちゃう。小学生の母親ってみんなそうなのかなあ。でも、このイライラは他にも原因があるような気がする。あっ、そうだ。夏休みはコルスの練習もお休みなんだ。だからかもしれない。

 いつだったかアルトのSさんが「コルスは私の胃薬よ。胃が痛くても練習に来ると治っちゃうの。」て言ってたな。ちょっとそれに似た感じかな。もちろん練習に行って「勉強するぞ。」とか「上達しなくちゃ。」とか思うけれど、仕事や家庭にはない世界に浸ってストレス解消っていうのも確かにある。脱日常ってこと?そうそう、それそれ、脱日常!これは、ものすごく大切なことだわ。

 週2回、2時間ずつのこの時間があるからこそ、多忙を極めている私(自分で思っているだけかもしれないけど)が息切れせずに生きていられるのかもしれない。

 そう思うと練習日には早く帰ってきてくれる夫、笑顔で送り出してくれる子ども、指導をして下さる織田先生、そして一緒に歌っている仲間ってとっても有り難い。感謝、感謝。みんなありがとう!


・2000年7月 磯貝義朗(Bass)

 「初舞台を終わって」

 満堂に響き止まぬ拍手の嵐!立ち上がる人、一人として無し。胸を突き上げる喜びの激震、満身を包む安堵感とかすかな“しびれ”、未だかつて味わった事の無かった幸せ、今日までつきあって呉れた仲間達と指揮者の織田先生への感謝が沸き出して熱くなってきた目頭、それに手を添える事も無く、僕は両手を後に組んでこの空気を少しも逃がすまいと二階客席の奥の一点を見つめて息を深く吸った。

 学生時代、早稲田大学グリークラブに憧れつつも、入団は叶わず、毎週、四谷余丁町教会での混声合唱団「角笛」で(清水修氏)の合唱曲集の曲を次々に唱った頃を思い出す。上野の文化会館小ホールでの毎日コンクールに時々参加はしたもののこの感動にはとても及びにもつかなかった。

 以前NHKのテしビで、身障者の方々による合唱団「ゆきわりそう」がニューヨークのカーネギーホールでベートーヴェンの「交響曲第九番」を唱い、拍手が10分以上鳴り止まなかったと紹介された。「一生に一度ででも良いんです、こんなすばらしい感勤を与えられて私達は本当に幸せ者です。10年かけて練習してきて、本当に良かったと思っています」と指導者の姥山寛代さんはしみじみと話していらっしゃった。

 一生に一度しか体験できなかったかも知れない《感動》を、僕はコルスの第8回定演で身をもって体験させて貰った。コルスに入って良かった。(死んでも良い)とは言わないけれども、ニケ月余り過った今でも暇があれば定期演奏会のテープを流し乍らあの感動の余韻に浸っている。この声の何十分の一かが僕の声かと思うと自然と鼻の奥がツーンとして、背筋が熱くなり、一人静かな幸せに身をまかせている。

関連項目:演奏会の記録(第8回定期演奏会



全体練習です。甘楽幼稚園ホールにて。

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