練習日誌特別号 2000年冬
ロシア人バリトン歌手ジバエードフ氏来たる!
去る2000年12月、コルス・フローレス第9回定期演奏会に助演予定のロシアのバリトン歌手、ウラジーミル・ジバエードフ氏と、合唱団との顔合わせがありました。
ジバエードフ氏は、歌手・俳優として本国ロシアで活発に活動をする傍ら、奥さまの母国である日本での公演にも力を注いでゆきたいと強く望んでおります。その活動に共感した当合唱団は、定期演奏会に助演していただくことにしました。
まずはどんな方なのか、プロフィールを。2000年11月22日に前橋テルサで開かれた公演「『アムールの音楽家たち』愛と平和のコンサート 〜世界の愛の歌とロシア民謡を歌う〜」のプログラムより抜粋。
| ウラジーミル・ジバエードフ ◎国立ハバロフスク交響楽団専属ソリスト(バリトン) ◎俳優・声楽講師 ハバロフスク市在住 1949年にロシアウラル地方、ペルミ州の村に生まれる。 国立クラスノヤルスク芸術専修カレッジ・ミュージカル・俳優科、国立ハバロフスク文化・芸術大学芸術学部卒。 ジバエードフの声はドラマチックバリトンと呼ばれ、ある時はシベリアの大地をゆるがすように、また、ある時は森の草花や小さな生きものたちに語りかけるようにひびく。 レパートリーはクラッシックだけでなく、民謡・ポピュラーソング・讃美歌など幅広く、ロシアはもちろん世界各国の歌、日本の歌も得意としている。 |
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| 長く旧ソ連構成諸国そしてロシアの舞台で、オペレッタやオペラの多くの主役と主役に準ずるパートを演じ、コンサートに出演してきた。 バイオリニストのカラクーズとは20年来の親友である。 群馬・新潟・広島・東京、また韓国のソウルなどの公演で人々に大きな感動を与えている。 ジバエードフはチェルノブイリ原子力発電所の事故直後に当地で公演を続け、放射能障害に苦しんだことがあり、彼は歌を通して平和をもとめる人々と連帯していくことを強く望んでいる。 |
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| ヴィターリー・カラクーズ ◎国立ハバロフスク・ミュージカルコメディー劇場首席指揮者 ◎バイオリニスト ハバロフスク市在住 1950年ロシアカザン市に生まれる。1973年国立カザン音楽院バイオリン科卒。卒業と同時に国立ヨシカール・オラ(ロシア連邦マリ共和国首都)オペラ劇場で音楽活動を開始して以来、ロシアをはじめ、旧ソ連各地の劇場のオーケストラで常にコンサートマスターとして演奏してきた。 1987年、ロシア極東に活動の場を移し、やがて指揮者としての才能も発揮。1992年には国立ハバロフスク・ミュージカルコメディー劇場の首席指揮者に就任する。 ハバロフスクで上演されたミュージカル「お熱いのがお好き」では編曲も手がけ、アメリカから招かれた指揮者G・オペルコはカラクーズの編曲を高く評価した。 |
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| カラクーズは芸術に注ぐ情熱とおだやかな人柄で、アーチストだけでなく市民からも尊敬を集めている。 ジバエードフとは20年来の友人で、深い信頼を寄せ合い、お互いを高め合っている。 |
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当日ジバエードフ氏一行が到着。「『アムールの音楽家たち』愛と平和のコンサート」で共演したカラクーズ氏と、通訳役になっていただく奥さまと一緒。
楽譜をジバエードフ氏に渡して、まずは引き続き合唱団だけの練習。
でも、それまでとはまるで違う合唱団のよう。
一行が入ってきた瞬間ピンと空気が張りつめ、一人ひとりの緊張感が段違いに増したのでした!

そしてロシア民謡「ステンカ・ラージン」のソロの部分を、いきなりジバエードフ氏に歌って頂きました。
その声量たるや、部屋の壁がびりびり響くかのよう。

ジバエードフ氏の故郷の歌といっても、その場で渡した編曲譜面なので、ところどころ合わなくなることもありました。
そんなときは、さすが指揮者でもあるカラクーズ氏。素早く楽譜を読み込み、ソロの出るところの指示を的確に出していました。
我々は日本語訳でジバエードフ氏は原語(譜面には両方書いてある)でしたが、書いてある音符は同じなのだという単純なことを、妙に実感しました。

練習終了後、ジバエードフ氏にロシアの歌を歌って頂きました。
奥さま曰く、ギターはアマチュア並みだそうですが、なかなかどうして立派な音。
するとカラクーズ氏は当然のようにヴァイオリンを取り出し、伴奏。何とも豪華なアンサンブル!

次にはカラクーズ氏のヴァイオリンをジバエードフ氏が伴奏。
カラクーズ氏のヴァイオリンは中音域が良く響き、ジプシーヴァイオリンのような色気。
次から次へと歌い、弾くお二人。これは立派なサロンコンサートだ。入場料が要るとしたら幾らくらいだろうかと現金なことを考えてしまう自分が哀しき小市民かな。
女声団員の後ろで立っているのがジバエードフ氏の奥さまです。

その後、洋食屋を貸し切りにして歓迎会。沢山のお話が聞けました。
日本人の奥さまとどうして知り合うことになったのか、ジバエードフ氏のロシア(ソ連)での話などなど…。
ジバエードフ氏は歌い手らしく、話し出すと陽気に一気にしゃべる方。通訳が大変な奥さまは、「ストップ!」と途中で話をさえぎる場面も。
感銘を受けたお二人の言葉は、練習について質問したときのこと。「我々は、一日中練習をしていた。他人が遊んでいるときも。」
厳しいソ連の情勢の中で、音楽家として生活していくために、本当に練習に情熱を傾けていたのだなと思わされました。
ひとしきりビールを飲み(よく飲む!)、美味しく食べた後、ギターとヴァイオリンを店内に持ってきたお二人。
サロンコンサート「ロシア音楽の夕べ」第2部がスタートしてしまったのでした。
商売っ気など全く考えずに純粋に音楽を楽しみ続けるお二人。
合唱団員も心打たれ、お礼に適当な暗譜で「ふるさと」を合唱。
さらに練習中のロシア民謡も歌うと、カラクーズ氏がオブリガート(装飾旋律)をつけてくれる!
音楽の絶えない贅沢な夜は、こうして更けてゆきました。