合唱団コルス・フローレス
第5回定期演奏会 プログラムノート
第1部 無伴奏宗教曲
「三声のミサ曲」 W.バード作曲
この曲の作曲家、ウイリアム・バード(1543〜1623)はイギリスルネサンスを代表する作曲家です。作品は合唱曲以外にも鍵盤楽器のための曲や弦楽器のための曲など、室内楽作品もありますが、何と言っても傑作として現在でも盛んに演奏される作品は、三声、四声、五声のために書かれた3つのミサ曲である。
イギリス国教会(プロテスタント)の中でカトリックの信仰を持っていたバードは相当に肩身の狭い思いをしていた。そのためすぐれた作曲家でいながらミサ曲(原則としてカトリックの典礼音楽)は上記の3曲しか残っていない。しかしこの3つのミサ曲はいずれも、地味ではあるがイギリス人らしい誠実さをたたえた、味わいの深い作品として仕上がっている。
第2部 女声合唱組曲「紅花抄」
「紅花抄」 服部公一作曲
作曲者自身のコメントを記して、解説に代えたいと思う。
『ナレーション入り女声合唱組曲』は私の故郷への想いの集合であるといえる。
私を生み育ててくれた女達の血ににじんでいる山形村山地方(山形市周辺)の風土性がこの作品の中には色濃く流れているはずである。
それを一言で言うなれば貧しさ故の悲しさである。
今や時代が進み、この種の悲しさは決して顕在とは言えぬが、心にきざまれた風土性は一朝一夕で消えるものではなく、Tシャツにジーパン姿のはつらつとした山形女性にもその心の中にはしっかりとこれが腰をすえているはずだ。
しかし私はこの種の風土性がこの地方にだけある極めて特殊なものであるとは考えない。
全地球的に見れば日本全体がこの種のフィーリングを見せているとは言えないだろうか。
もののあわれもせんじつめれば持たざるが故の悲しさであり、それはまさに世界における日本の個性につながるのだ。
私は故郷の紅花を描くことによって全日本女性に大なり小なり普遍的に宿っている悲しみを音にしたかったのだといえる。(後略)
第3部 女声合唱組曲「紅花抄」
「すみれの花」
この曲がフランス民謡であるとは私(織田)も知らなかった。「すみれの花」といえば何と言っても宝塚!この曲も宝塚歌劇団訳の歌詞で聞いていただく。この曲の持つすてきなエレガンスが表現できれば良いのだが。
「赤いサラファン」
サラファンは既婚の婦人が着る豪華な刺繍の施された晴れ着。まだ若い娘が自分のためにサラファンを縫っている母に向かって「まだ私は若いのに、なぜサラファンを縫っているの?]問いかける。母と娘の愛情に満ちた対話が歌われる。
「アリラン」
朝鮮半島の民衆の歴史は、権力からの圧制、わが国を含む外国からの侵略等に苦しみ続けた。「アリラン」はそのような民衆の抵抗の歌、または男女の別離の歌として全国的に歌われ、朝鮮を代表する歌となっている。独特の哀調はそのような心を表現しているからである。
「なつかしきヴォルガ」
ヴォルガ川はロシア中央部をうるおし、南に流れてカスピ海に注ぐ大河である。この地方は「ヴォルガの舟歌」を初めとするたくさんの民謡が生み出された。この曲も別れていった恋人への思いを歌った歌で、ロシア民謡らしい美しい旋律である。ソロと合唱交互に歌われる。
第4部 ミュージカル「南太平洋」より
「南太平洋」
ミュージカル「南太平洋」は第二次世界大戦中のポリネシアを舞台にして、中年フランス人農場主とアメリカ軍病院の若い看護婦との恋物語を描いた作品である。音楽はあの「サウンドオブミュージック」を受け持ったオスカー・ハンマーシュタインU世と、リチャード・ロジャースの名コンビによるものである。その中から4曲聞いて頂く。映画の中では全部ソロで歌われるが、本日は合唱ヴァージョンで歌う。3曲目のハッピートークでは間奏でピアノの加世田氏によるジャズのアドリブ演奏を楽しんで頂く。